【#4】IT'S A SIN PODCAST(ホスト:木津毅/ゲスト:田亀源五郎)
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【#4】IT'S A SIN PODCAST(ホスト:木津毅/ゲスト:田亀源五郎)

1980年代のロンドンを舞台に、HIV/エイズと戦う若者たちを当時の名曲に乗せて爽快に描いたドラマ『IT'S A SIN 哀しみの天使たち』。映画・音楽ライターの木津毅さんがホストとなり、各回にゲストをお招きして本作の魅力に迫るPodcast番組を配信中。本記事では、番組内容を一部文字起こししてお届けいたします。第4回はゲイ・エロティック・アーティストで漫画家の田亀源五郎さんと映画・音楽ライターの木津毅さんが語り合います。

今、エイズ・クライシスを振り返る作品が続けて生まれる背景とは

木津「お久しぶりです。田亀先生とは仕事以外でもいろいろお話させていただいてますが、だいたいは映画やドラマの話、あとはカッコイイ男性の話(笑)。田亀先生はクィアを描いた作品に詳しいので、今回は頼もしく思っています。まずは『IT'S A SIN』についての全体的な感想をお聞かせいただけますか」

田亀「面白かったですね。製作総指揮のラッセル・T・デイヴィスと私は1歳しか年齢が違わず、本作は彼の経験を基にしているということなので、まさに同世代の話。だから見ていてウワーッとなりましたね。エイズ禍を振り返る映画やドラマが最近集中して出てきている印象があるけど、それぞれアプローチが全然違う。その中でも『IT'S A SIN』は続き物の特性を活かしてじっくり描いています。また、ポップさから悲劇へとスライドしていく全体の構成も、いずれか一辺倒になっていないバランスが良く、娯楽として面白く見られました。そういえば、本作と似ている作品が思い浮かばなかったな。アメリカの『ノーマル・ハート』やフランスの『BPM ビート・パー・ミニット』は物語の時代は同じだけど、アクティビズムがメインの作品になっているし。一方『IT'S A SIN』はアクティビズムの要素もありつつ、どちらかというとそれとは距離のある人たち、つまり当時たくさんいたであろうゲイたちの姿を描いているという意味で新鮮な切り口でした」

木津「活動家であり劇作家のラリー・クレイマーが作った『ノーマル・ハート』は、2015年にHBOでテレビ映画化された作品が評価されましたね。『BPM ビート・パー・ミニット』はロバン・カンピヨ監督が80年代パリのHIVアクティビズムを描いた映画。他にもエイズ・クライシスを描いた代表的な作品として『エンジェルス・イン・アメリカ』がありますが、今回までイギリスの話ってあまり知りませんでした」

田亀「本作と物語のシチュエーションが似ているのが、『Don't Ever Wipe Tears Without Gloves』というスウェーデンの連続ドラマ。イギリスでもBBCで放送されて話題になった2012年の作品です。『IT'S A SIN』と同じように田舎の家庭から逃れた若い青年がストックホルムという都会に来て、ゲイ・コミュニティで解放されワーッとなっているところにエイズ禍が襲いかかるというストーリーでした。でも言われてみれば、イギリスの話は見た記憶がない。『パレードへようこそ』は…あれはエイズの話じゃないし」

木津「『パレードへようこそ』は後半で描かれるアクティビズムがテーマの映画でしたね。モチーフとしてポイントに出てくる作品はあっても、『IT'S A SIN』ほど80年代イギリスのエイズをがっつり描いた作品は珍しいと思います。そういえば、田亀先生と一緒に対談させていただいたゲイ・エロティック・アーティストのトム・オブ・フィンランドも、フィンランドを舞台にゲイ・ヒストリーをなぞっていく中で80年代のエイズ・クライシスが出てきていました。そのときはアメリカに舞台が移っていましたが。このように世界で同時多発的にゲイ・ヒストリーを振り返る流れが生まれ、『HIV/エイズがどのような影響を及ぼしたか』を描く作品群が増えている印象がありますが、こうした傾向を田亀先生はどう感じていますか?」

田亀「私は85年にはゲイ・シーンにデビューしていろいろ見てきましたが、リアルタイムでエイズを扱った作品として真っ先に思い出すのはシリル・コラール監督の映画『野性の夜に』。コラールが主演も兼任し、エイズを発症した作家かつ映画監督が、エイズになってしまった自分の内側に入り陰陰滅滅として死んでいくという内容でした。HIVという素材の重さをフィクションの中でどう消化するかは、よほど無神経な人でない限り悩みや難しさを感じていたんじゃないかな。そして近年はエイズ禍のサバイバーたちが、自分たちの記憶を自分たちの言葉で語り始めている。ゲイ・ヒストリーという敬遠されがちな素材を、自分たちの言葉で物語として残していくことはとても意義があると思います」

HIV/エイズの正しい知識があるかどうかで作品の印象は大きく変わる

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木津「ラッセル・T・デイヴィスがこのドラマの企画をいろんなところに持ちこんだ時、まさに『HIVものはちょっと』というリアクションがあったそうで、そんな中で本作がヒットしたのはとてもポジティブなことですよね。もう1つHIV/エイズを描いた作品が増えている要因として、HIV/エイズが全世界的に重要なターニングポイントを迎えているからじゃないかなと思っています。欧米ではPrEP(HIVの予防薬)が浸透していて、それを使えばセックスでコンドームを付けなくてもほぼ感染せず、実際に感染率が低下したというデータも出ている。それによってゲイのセックス・ライフも変わってきたと聞いています。もちろんPrEPで他の性感染症まで防げないのでコンドームの併用は大切なことだけど、PrEPがもたらしたものはとても大きく、欧米の活動家はPrEPの周知を徹底しています」

田亀「そうですね」

木津「また、治療にアクセスすればエイズは“死に至る病”ではありません。U=U(ユー・イコール・ユー。Undetectable=Untransmittable)というスローガンが提示されていますが、これは治療でHIVウイルスを抑えることによって、検出限界値以下を安定して保っていれば“感染させない状態”になるということ。HIV/エイズは早期発見が大事な病気とされ、そしてちゃんと治療していれば恐れるものではないという認識が広がっています。しかし、ここまでへと至る前に何があったのかということを、ラッセル・T・デイヴィスのような時代の当事者たちが次世代に伝えようとしているんじゃないでしょうか」

田亀「今回『IT'S A SIN』を見て気になったのは、ドラマの放送後に若者のHIV検査率が上昇したというニュースでした」

木津「イギリスで4倍に跳ね上がりましたね」

田亀「それは素晴らしいけど、こうした効果が日本でも期待できるのか?と引っかかりました。検査を受けようと思う人が増えるのは、U=Uなどエイズが“死に至る病”ではないという正しい知識があり、検査で陽性でも治療すれば問題ないと分かっているから。日本のゲイや若者たちに、果たしてそこまでの知識があるのか? ドラマの中には『現在のエイズはこうした状況ですよ』という説明は出てこないので、若年層がHIV/エイズに関する知識を得ているかどうかはとても大きなこと。本作の主人公リッチーも怖くて検査を受けようとせず、結局連れて行かれて検査を受けるけど結果を聞かずに逃げるじゃないですか。あれは80~90年代のゲイにとってはとても当たり前の感覚。陽性=ジ・エンドというイメージが強かったから」

木津「確かに、日本ではまだまだHIV/エイズの正しい知識は浸透していない部分はありますね。ちなみに今回のスターチャンネルの放送では『HIV感染症は早期発見と治療でエイズの発症を予防することは可能です。不安に思ったら検査を』というテロップが出るようになっています。主演のオリー・アレクサンダーはゲイをカミングアウトしていて、アクティビズム的な活動やHIV啓発も本作に出演する前から行っていますが、彼のようなポップアイコンがこういう形でドラマに関わり普段からメッセージを発信している国とそうでない国との差はあるでしょうね」

田亀「そうそう。果たして日本では正しい知識が行き渡っているのかな?と常々感じています。例えば、先ほど話したスウェーデンのドラマ『Don't Ever Wipe Tears Without Gloves』のタイトルを日本語に訳すと“手袋なしで涙を拭いてはいけない”で、これは聖書の『神はすべての涙を拭い給う』という文章とのダブルミーニングであり、当時“エイズがうつるから涙を拭うのも素手ではダメ”といった間違った認識があったことを指しています。でも日本の視聴者がそのドラマを見た時に、間違った認識であることを理解できるのか疑問です」

木津「2019年に日本でHIVの就職差別が裁判になりましたよね。HIV陽性であることが会社に分かって就職を取り消されたという。あれは事の顛末もそうだけど、裁判でもかなり差別的な言葉が飛び交ったそうで、とてもショックを受けました。日本はまだ“ここ”なのかと。『IT'S A SIN』は80年代のHIV/エイズのリアルをビビッドに描いているけど、ゲイも含めて日本人にはこの機会に今の知識へとアクセスしてほしいですね」

田亀「このドラマの知識のままだと怖い。そのあたりは社会が成熟してくれないと困りますね」

同時代を生きた者だから感じる80年代のリアル

木津「同時代的なリアルさに関して言うと、このドラマはHIV/エイズのディテールが詳しく描かれていますが、田亀先生がリアルさを感じたポイントはありますか?」

田亀「しょっぱなから鷲掴みにされましたね。父親からもらったコンドームを海に投げ捨てるところとか。あれは素晴らしかった。当然HIV以前から性感染症はあったけど、HIV以前にはコンドームに性病予防という認識はなかったから。第二次世界大戦の頃だったら梅毒予防のためにコンドームを持たせることはあったけど、私たちの世代ではあくまで避妊道具でゲイには無用というイメージでした。だから、コンドームを捨てるというシーンはとてもリアルでしたね」

木津「あれは作劇のディテールに入れることでとてもリアルに映りましたね。一方、私の世代感覚だと、21世紀に入って読み始めたゲイ雑誌ではコンドームを推奨していました。田亀先生の記憶で結構ですが、いつごろからコンドーム=HIV予防と言われるようになったのでしょう?」

田亀「たぶん90年代後半じゃないかな」

木津「確かにこのドラマでも、物語が80年代後半に向かってもコンドームの話は出てこなかった。まだまだ80年代は情報が錯綜していた時代なんだなという意味でリアリティを感じました」

田亀「主人公がHIV予防のために民間療法みたいなものを試し、今でいうところの免疫力を上げようとするシーンがありましたよね。当時、ああいうことをした人が実際にいたかは知らないけど、私の世代でも『エイズは外国から感染する、ゲイがかかる怖い病気』という知識しかなかったし、『日本人は納豆やみそを日常的に食べているから大丈夫』という噂もありました(笑)」

木津「新型コロナウイルスも『納豆を食べてれば大丈夫』と言ってる人がいましたね」

田亀「そのあたりは時代のリアルさだなと感じました。あと、とても個人的な話だけど、第1話でブロンディの『コール・ミー』が流れていましたよね。『コール・ミー』は私がちょうど高校3年生くらいの、生まれて初めてディスコに行った時期に流行っていた曲。当時のクラブ以前のディスコって振り付けがあったんですよ(笑)。ディスコに行って恥をかかないよう、高校男子が教室で『コール・ミー』の振りの練習をしたという(笑)」

木津「それはクィア・カルチャー的なものではありませんよね?」

田亀「もちろん、どノンケの男子の(笑)。受験も終わったからディスコに行ってみたいなというノリで」

木津「他のゲストの方たちと『80年代ポップスはクレイジーな時代だった』という話をしていたけど、今の話1つを取ってもクレイジーな感じがします(笑)」

田亀「ブロンディの曲が出た時点で『この時代、知ってる!』となりましたよ(笑)」

日本と海外におけるHIV/エイズの社会的認識のギャップ

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木津「80年代ポップ・カルチャーの同時代性のディテールもHIV/エイズのディテールも入っているのは、このドラマのポイントであり面白いところですね。田亀先生が80年代に感じていたHIV/エイズのタイムラインは、海外と同時代的でしたか?」

田亀「まだまだでしたね。少なくともアメリカやイギリスのようなエイズ・パニックは日本では起きていなかったし、当時の日本は『HIVは海の向こうの病気』と認識されていた時期で、それにHIVは薬害エイズ事件と流れがくっついていました。日本では1985年に男性同性愛者が初めてHIV患者と認定されたけど、あれも非加熱血液製剤を使って血友病になるという薬害エイズを隠すために、HIV患者が出るまで厚労省が発表を待ったという風説があったし」

木津「なるほど」

田亀「日本でもエイズ・パニックみたいなものとして、86~87年に3件ほど有名な事件がありました。1つが“松本パニック”と呼ばれるもので、商売をしていたフィリピン人女性がHIV陽性となったことで松本ナンバーの車が敬遠されるようになった。その翌年には神戸で女性のHIV感染者が出て、彼女が100人くらいの不特定多数とセックスをしていたという根も葉もない噂が流れた。その次には高知で、血友病のボーイフレンドからHIVに感染した妊婦が出産し、ずいぶんバッシングを受けていた。いずれの事件もゲイという属性に絡んでなくて、ゼノフォビア(外国人嫌悪)とスラットシェイミング(性の社会通念から逸脱した女性への非難)、つまり“外国人への怖さ”や“ふしだらな女”に接続されてしまった。なぜゲイ・バッシングにつながらなかったかというと、それはカミングアウトしているゲイがいなかったから。誰がゲイかも分からないし、HIV陽性をカミングアウトしている人もいなかった。だからゲイ・コミュニティの中で恐れられる程度で、その外側まで出なかったんじゃないかな」

木津「そのあたりは海外のドラマで見られるリアリティとはずいぶん違いますね」

田亀「はい。日本でのゲイ・アクティビズムを振り返ってみると、84年に国際ゲイ協会の日本支部という形で南定四郎さんがIGA日本を設立し、その流れを継ぐ形で86年にアカー(OCCUR)というゲイ・ライツ団体が誕生したけど、ゲイ・コミュニティから社会に訴えかけるという動きはありませんでした。『IT'S A SIN』で見られるHIV/エイズのデモや政治活動が日本でいつ起きたかというと、まずは90年の府中青年の家事件。公共施設を利用しようとしたアカーのメンバーがゲイを理由に断られ、翌91年に裁判を起こしたことが、訴訟を通じたゲイ・コミュニティから世間への最初のアピールでした。デモに関しては、94年に東京で開催された第1回レズビアン&ゲイパレード。こうした動きは90年代になるまで起きず、それ以前は目立った形の政治活動はなかったし、社会へのアピールもありませんでしたね」

木津「そうした90年代に入ってからのアクティビズムは、当時HIVとはあまり密接に結びついてなかったのですか?」

田亀「ちゃんと確認してないけど、抗HIV運動が日本のゲイ・コミュニティ内にアクティビズムを生んだという説はあるようです。ただ、私が馴染みのあるHIV予防啓発の運動や団体を見ていると、より目立った活動が始まったのは2000年代に入ってからじゃないかな」

木津「後追いですが私も、そうした活動は21世紀頃からより目立った形で行われるようになったという印象です。『IT'S A SIN』ではエイズ・クライシスが起きた後にどのようにセックス・ライフを送るかという葛藤が、当時を生きたゲイたちが直面したテーマとして描かれています。もちろんセックスにアクティブであることは何ひとつ悪いことではないし、70年代のフリーセックス的な価値観はある意味政治的なものであり、宗教的な抑圧から逃れるためのもでもあった。だからこそ、その後に訪れた80年代のエイズ・クライシスが重かったわけですが、そうした観点の話を日本におけるゲイのリアリティとしてあまり耳にしないですね」

田亀「私がゲイ雑誌の立ち上げに関わるようになった94年ごろには、セーファーセックス(性感染症やHIVに感染するリスクを減少させながら行う性交)のコーナーやHIVに関する知識を載せていました。だから90年代半ばにはセーファーセックスなどの概念が日本に入ってきていたのは確かです」

「運がいいから感染しなかった」と「運が悪くて感染した」の大きな違い

田亀「『IT'S A SIN』を見ていて、イギリスと日本のゲイ・コミュニティとの違いとして感じたことがあります。ロスコーがHIV陰性だと分かり、父親に『神の救いだ』みたいなことを言われて『いや、運が良かっただけだよ』と返事するシーンがありましたよね。これは、コミュニティ内でいつ自分が感染してもおかしくないと危機感があったということ。

一方、私と私のパートナーの共通の知り合いがHIV陽性になった時、パートナーは彼のことを『運が悪かったね』と言ったんです。つまりほとんどの人はかからないものだという前提がある。この『運が良いから、かからなかった』と『運が悪いから、かかった』の違いは、いつ感染してもおかしくないという切迫感があったかなかったかという点で、とても象徴的な差だと思います」

木津「そうですね。『運が良かった』という発言で私が思ったのは、セーファーセックスの知識が浸透していなかった時代のリアリティだなということ。だからこそ正しい知識は大切なのですが、その時代を生き抜いた若者たちからすると、何が正しくて何が間違っていたか分からない。その中で友達がどんどん死んでいくという状態をリアリティとして織り込んでいる点で本作はすごいですね」

田亀「どのコミュニティに属しているかで違うと思うけど、私の場合は新宿2丁目の文化には馴染みがなく、身の周りにHIVで亡くなった人がいるものの数は少ない。バーを主体としたコミュニティで友人関係を育んでいた人は、このドラマに近い実感はあったかもしれないけど、私の皮膚感覚だと本作のように知り合いがどんどん感染していくパニック感はなかったですね」

木津「ラッセル・T・デイヴィスは彼が作った『クィア・アズ・フォーク』のように、ゲイが街に出て奔放なセックスで解放されていくというストーリーが好きな人。そうしたステレオタイプとも取れる描写を逆にゲイ・コミュニティから批判されたこともあるけど、今回HIV/ウイルスについてがっつり描いたことは、作家としてケジメをつける部分もあったのかなと思います」

【ネタバレ注意】主人公リッチーが最終話で発したセリフの深さ

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木津「この番組が配信されている時点で『IT'S A SIN』を最終話まで視聴できるようになっているので、ここからは最終話のネタバレも含めて話していきたいと思います。田亀先生は最終話までご覧になって、どんな感想を抱きましたか?」

田亀「このドラマで最も感心させられたのは、不特定多数とのセックスを肯定したところ。同時に、愛の要素に逃げなかったところも含めて傑作だと思います。リッチーが今わの際で『いろんな男とセックスして楽しかった』と言って死んでいくじゃないですか。リッチーは大学に行って初めて惹かれたアッシュというインド系青年と付かず離れずの関係を続けていて、ロマンスのパターンとしては彼との関係が物語の救いのキーとなるところだけど、本作ではそれがまったくない。それどころか、リッチーが臨終だからといってアッシュが駆けつけるわけでもなく、仕事があるからとロンドンに残ったまま。

例えば冒頭で挙げた『BPM ビート・パー・ミニット』はHIVの問題に対する見識が高くて素晴らしい映画だけど、あれもロマンスの救いを落としどころにしていた。これは自分に対しても意識していることだけど、ゲイが出るからといって何でもロマンスで落とし前をつけるのは偏りすぎじゃないかなと思うんです。

あと、言ったら何だけどリッチーはビッチじゃないですか(笑)。性的に奔放で恋愛に対して真剣になるタイプでもない彼が愛に救われても困るな、と考えていたら『ああ、楽しかった』と自分を肯定するわけです。ただ、その肯定に対しても、女友達のジルが『自分が性的に奔放だったから仕方のないと思っている患者がたくさんいる』と言うことで、“性的に奔放だから感染した”という事実であり偏見についてもちゃんとフォローしているところに感心しました。こういうドラマは今までになかったんじゃないかな」

木津「なるほど! 田亀先生ならではの視点に、すごく腑に落ちました。ラッセル・T・デイヴィスは2015年に『キューカンバー』というゲイのミッドライフ・クライシスを描いたドラマを作っているんですよ。50代のおじさんがセックスを求めて右往左往するという話で、ゲイ・コミュニティから『ゲイがいつまでもセックスにこだわるのはステレオタイプじゃないか』という批判も挙がったけど、これも一種のリアリティ。それに逆に、ゲイがパートナーシップに救いを求めなければいけないという規範も現実にあります。田亀先生の話を聞いて、ラッセル・T・デイヴィスだからこそできたアプローチなのかと納得しました。

『ノーマル・ハート』はラリー・クレイマーの自伝的な部分もあるのでパートナーシップにフォーカスが当たっていて、それ自体は全然悪いことではありません。また、日本でも今は同性婚がどうなるかという局面にあり、パートナーシップによって救われる物語も大事ではあります。そんな中、セックスに奔放なゲイの物語をどう掬(すく)うのか難しい局面にあるとも言えますね」

田亀「いろんなゲイのドラマがあるけど、掬えていないものがここにあるよという反発心を見せられた気がします」

木津「本当にすごい視点です。最終話は長回しメインで演出もガラッと変わりますが、やはりウェイトが置かれていたのはリッチーの母親とジルのやり取りでした。あのシーンのシビアさについてどう感じましたか?」

田亀「見ていて辛いよね。母親はそれほど信心深いわけではなく、世間体というかヘテロ中心主義の考え方が染みついていて、結果的に子離れができていない母親。でも、あの人物像はあれで新鮮に感じました。これまでゲイの子どもを受け入れられない母親像はいろんなパターンがあったけど、だいたいはどこかで息子を受け入れることができたり、受け入れられないとしたら宗教的な強い理由があったりするもの。その点、リッチーの母親はニュートラルな意味で息子を理解できずにいたというか、知ることを拒み続けてきた人。でもその原動力は、つまらない世間体や“普通であること”で、日本でもすごくありそうだなと感じました」

木津「そうですね。『宗教右派だから』という欧米のステレオタイプとは違った拒否感のリアリティは、怖いというかすごい。母親が自分の子供をゲイだと気づかなかった、あるいはその事実を見ようとしなかったことを他人に批判されてたじろぐというのは、日本の性的マイノリティの子を持つ親にもはね返ってくる話じゃないでしょうか。ある意味、ラッセル・T・デイヴィスはかなり残酷な作劇をする人だなと思いました。でもそれも、友人たちが亡くなっていくという80年代のリアリティを見ているからこそのディテールなんでしょうね」

田亀「当時はタブー感が強かっただろうからね。あれがあと10年も後の話だったら親子が和解できたかもしれないけど。ドラマの前半にも、家に連れ戻された青年がエイズで亡くなり、庭で親にベッドやシーツを燃やされるシーンがあったじゃないですか。ああいうのも当時のリアルなのかなと思うと、切ない」

木津「あれは80年代の前半から中盤のシーンでした。確かに切ないですね。ジルはHIV患者をケアする役割を担いますが、彼女のケアの仕方が変わっていく過程はディテール描写としていいなと思いました。当時のニューヨークやサンフランシスコなどを知り、あの時代を生き延びた人たちの話を聞くと、自分が生き残ってしまったことの罪悪感を語る人が多いんです。時代を対象化できたからこそ、ちゃんと語り直そうとする姿勢を感じることができて、今こそ見られるべきドラマと言えるでしょう」

田亀「語ることで供養になるというか、このドラマでも製作陣の誰かが『死んでいった仲間のためにも残さなければいけない』みたいなことを言っていたように、そういう感覚はあるんじゃないかな」

木津「まさに『あの時代に亡くなった方へのトリビュート』とラッセル・T・デイヴィスも言っています。最終話でのリッチーの『いっぱいセックスできて楽しかった』という考えも、泣き笑いするしかないようなラストシーンも、あの時代を生きた若者たちの青春がそれでも輝いていたものだったと示していますよね。エイズ・クライシスを描きながらもただ辛い一辺倒になっていない後味は、なかなかないと思います」

田亀「木津君はジルというキャラクターに抵抗はなかった?」

木津「えっ、なぜですか?」

田亀「木津君は以前、マジカル・ニグロ(白人の主人公を助けに現れるストックキャラクター的な黒人)的な“マジカルオネエ”問題というのを指摘していたでしょう。そういう意味では、ジルも作劇的には便利なキャラクターだし、ゲイに理解のある女性が身近にいるというのは、ゲイもののクリシェ(ありふれた表現)でもあるから」

木津「実は物語上では若干思いました。ケアという役割は女性が担うんだなと。それでも『ジルはコミュニティで身近にいた女性がモデルで、彼女に対するリスペクトを表現したかった』とラッセル・T・デイヴィスが説明していたので、だったらステレオタイプよりもそのリアリティを尊重したいという思いがあります。だから、ジルというキャラクターはむしろ好ましいものとして映りました」

田亀「リッチーの母親がジルと言い争う時に『恋人もいないでオカマとくっついて』みたいなことを言ってたじゃないですか。ジルのセクシャリティに関する話がまったく出てこないのは、他のキャラクターと比べて不思議だなと思いました」

木津「その点ではゲイ・コミュニティにいたシスジェンダーやヘテロセクシャルのリアリティが描けていないという批判につながるかもしれませんが、逆に彼らはセクシャリティにかかわらずコミットできていたのかもしれない。当時のコミュニティでシスジェンダーの男性よりも女性の方がケアを担わされていたというのも、告発とは言わないまでも隠さずリアルに描いているとも思えます。ゲイの男性看護師がケアにあたったケースもあるけど、やはり女性が多く担ってくれたという話を聞くので、そのあたりはゲイがちゃんと考えるべき問題でもありますね」

田亀「確かにね」

木津「このようにHIV/エイズのディテールを掘れば掘るほど細かく描かれているのが『IT'S A SIN』のすごいところですね」

今を生きる日本の若者たちに注目してほしいポイント

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木津「今の日本のように知識がない状態では難しい面もありますが、日本の視聴者にどんなポイントに注目してほしいですか? 田亀先生は『弟の夫』『僕らの色彩』などご自身が若かった時に向けて描いた作品が有名ですが、一方で今を生きるセクシャル・マイノリティの若者もすごく意識されてますよね。私も『IT'S A SIN』を『前の世代のおじさんの話だよね』で済ませてほしくなくて、ここから見えてくるものがあるんじゃないかと思うんですよ」

田亀「まず大事なのは『こういうことがあったんだよ』と伝えること。このドラマで描かれているのは大げさな作り話ではなく、当時の人たちがくぐり抜けてきた体験であり、ここからいろいろ積み重なって今があるということを意識して見てほしい。そして本作を見た後に、HIV治療がどう進化していったかを自分でも調べてほしいですね。一方、状況が変わっても人は変わらないところもある。例えばリッチーが『今が楽しいから別に問題なんてない』とアクティビズムをバカにして距離を置いたり『エイズは製薬会社の陰謀だ』と言うところとか、そういう人って今もたくさんいますよね。コロナ禍で陰謀論が出たり。そういう意味では伝わりやすい物語ではないでしょうか」

木津「そうですね」

田亀「あと、コリンが下宿先でガタイのいい若者にオモチャにされてしまうじゃないですか。しゃぶらされたり犯されたり。これってすごくポルノ的なんですよ。ただし、ポルノであれば普通に興奮できるネタだけど、このせいでHIVに感染したんじゃないかというワンクッションが挟まれることで、フィクションとしての意味が変わってきます。難しいかもしれないけど、その意味についても考えてほしいですね」

木津「コリンは“おいしい”キャラクターで、この番組の別の回のゲストが彼のことを『ロマコメでいうドジっ子』とコメントしていてなるほどと思いました。ただ、田亀先生が指摘したシーンは、彼の典型的なフィクション性と現実的なリアルさががっちり結びつき、ベテランならではの作劇のうまさが感じられますね」

田亀「コリンがてんかんの発作を起こすくだりはミスリードかなと思いましたよ。HIVの脳症ってあまり知られてないから」

木津「私も思いました。そうしたシリアスな描写も多い一方、青春劇として特に前半なんかはポップに描かれています。同時代を生きてきた田亀先生は、青春劇として気になったり共感したポイントはありますか?」

田亀「すごくくだらないことだけど、この時代を知っている人間としてリアルと思ったのは、俳優たちの体型です(笑)」

木津「ほぉ!というのは?」

田亀「今だったら何人かいるキャラクターの中に筋肉質の俳優を入れたくなるじゃない。ましてやゲイものだから。その点本作は見事に普通で(笑)」

木津「それって時代的な感覚なんですか」

田亀「だって昔は身近にジムなんてなかったんだから」

木津「そうか、なるほど(笑)」

田亀「身近にあるのはブルワーカーくらいの時代だから。プレコンドームの時代のゲイビデオを見れば分かるけど、昔のマッチョはすごく貴重品なんですよ」

木津「マッチョは00年代的な感覚なんでしょうか?」

田亀「そうだと思いますよ」

木津「それは個人的に大きな学びです(笑)」

田亀「そのあたりもちゃんとこだわっているのがすごいですね」

木津「ラッセル・T・デイヴィスは『当時の時代風俗をそれほどリサーチせず、自分の肌感覚で描いた』と語っていますが、そんなところまで反映されているとは! そういえば、ダディぽい人や熊ぽい人があまりいないなとは感じてたけど…なるほど」

田亀「HIVのアクティビズム活動に関わっていたレザーぽい人に多少筋肉がある程度だったかな」

木津「そういえば後半にかけて、アクティビズム絡みでおじさんがコミュニティに入ってきたり、ゲイ・コミュニティのダイバーシティが出てくる作りにもなってましたね。そういうポイントは今のゲイの若者が見ても面白いと思いますよ」

田亀「昔はあんなんだったんだよ(笑)」

木津「本作はそういうポップな部分もありつつ、ゲイ・コミュニティやクィア・ヒストリーのリアルがかなり描かれています。イギリスという固有のポイントだけではなく、日本と事情が違うとはいえ通じるところもあるので、ぜひ多くの人に見てほしいです」

田亀「80年代ポップスもたくさん流れるしね」

木津「今日は楽しいお話をたくさんありがとうございました」

田亀「こちらこそ、ありがとうございました」



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▼『IT'S A SIN 哀しみの天使たち』▼
1980年代のロンドンを舞台に、HIV/エイズの大流行に翻弄される若者たちの10年を描きイギリスで社会現象を巻き起こした話題作が早くも日本初上陸!ラッセル・T・デイヴィスが自らの経験をもとに、同性愛者への理解が少なかった困難な時代を互いに支え合い自分らしく生き抜いた若者たちを、ワム!やクイーンほか80年代の名曲に乗せて爽快に描く2021年大注目のドラマ。
公式HP:https://www.star-ch.jp/drama/itsasin/sid=1/p=t/

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