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#3「聖なる亡霊」/町山智浩が『ラヴクラフトカントリー 恐怖の旅路』全10話を徹底解説

社会派ホラー映画『ゲット・アウト』のジョーダン・ピール監督と現代屈指のヒットメーカー、J・J・エイブラムスが組んだ話題の社会派SFドラマ『ラヴクラフトカントリー 恐怖の旅路』(全10話)。

さりげない描写に込められた深い意味やメッセージをしっかり読み取れるよう、アメリカ文化に詳しい映画評論家・町山智浩さんに1話ずつ見どころを解説、独自にポッドキャストで配信!

本記事ではそんな解説ラジオの内容を完全文字起こし!本編をご覧になった方、ぜひこちらをお聞頂き(お読み頂き)『ラヴクラフトカントリー 恐怖の旅路』の細部までお楽しみください。

ドラマよりも壮絶!住んではいけない地域に引っ越した黒人への差別

いよいよ第3話ですね。主人公アティカスたちはシカゴに戻ってきました。その頃のシカゴは1950年代で、文化も経済も何もかも交流していて景気も良く、素晴らしい時代だったと言われていますが、実際のところはどうだったのでしょう? 今回は、アティカスのガールフレンドのレティーシャがシカゴのノースサイドに家を買おうとする話です。

シカゴはミシガン湖に面していて、街が北側・西側・南側の3つに分かれています。レティーシャはその北側に家を買うのですが、これは大変なことなんです。シカゴはサウスサイドが黒人の街で、ノースサイドが主にアイルランド系の人々の街、西側はイタリア系の人々が多い街。ちなみにシカゴは移民によって作られた街なので、WASPはほとんどいません。とにかくサウスサイドの黒人がノースサイドに住むのは大変なことであり、レティーシャたちはさんざんな嫌がらせを受けます。あまりにもひどい差別描写なので「ドラマには誇張があるんじゃないか?」と思うかもしれませんが、これは実際にあった事件よりもゆるく描かれているのです。

実際にあった事件とは、ドラマの舞台より約4年前の1951年。シセロというシカゴの西側の街に黒人一家がアパートに引っ越し、そのことを知った白人住人が嫌がらせをしただけでなく大暴動に発展。白人たちは黒人一家の家に入り込み、わりと裕福な家でピアノや立派な家具を持っていたのですが、それらをすべて外に出して焼き、一家に暴行も加えました。さらにこの暴動は街全体に広がり、白人たちは黒人街まで攻めていき、一人の黒人を石で叩き殺したのです。そうした現場は写真に撮られていますが、これほどの暴行・略奪・放火・殺人を繰り広げながらも、白人は誰一人刑事罰を受けませんでした。もちろん黒人一家は家を出ていくことになりました。そんなひどいことが当時のシカゴで起きていたのです。これと比べると、レティーシャが受ける差別はそれほどひどくないですよね。実際の事件は、火をつけられたり殺されているわけですから。

“ラヴクラフト的な人体実験”も実際の事件がベース

レティーシャが引っ越す新しい家には、もう一つ問題があります。そこでは過去に黒人が何人も殺されていて、その幽霊が出るのだそうです。これはラヴクラフト的な要素で、具体的には、黒人をさらって何かしらの生体実験を行っていたらしいと。ラヴクラフトの中編小説「チャールズ・ウォードの奇怪な事件」には、主人公チャールズ・ウォードの祖先ジョセフ・カーウィンが、地下室で黒人たちを黒魔術のような何らかの実験に使っていたという話が出てきます。ラヴクラフトの作家としての問題性は、ディテールを非常に細かく描写するのに、実際に何があったかをはっきり書かないところ。どの小説も曖昧で、そこが逆に想像力を呼ぶところでもあります。「チャールズ・ウォードの奇怪な事件」も、黒魔術師というか錬金術師のカーウィンが地下室で黒人たちに何をしようとしていたかはっきりと分からないのですが、この物語が第3話の基になっていると思われます。

ただ、そのように黒人を人体実験に使っていた例はかなりあるんです。まずは南北戦争以前の1834年。南部のルイジアナ州ニューオーリンズで、デルフィーン・ラローリーというフランス系女性が自宅で黒人奴隷たちの体を刻んだり縫いつけたり、生きたまま解剖を楽しんでいたそうです。一人が脱出できたおかげで彼女の行いがバレて、街の人々が彼女の家に殴り込みをかけました。ここで面白いのが、その頃ニューオーリンズには奴隷市場があったにもかかわらず、差別をしている側の白人すら怒ったこと。それぐらいひどいことを黒人に対して行ったというわけですね。そして人々が彼女の家に入ると、黒人たちが生きたまま手足や内臓を取られた状態で…まあ実験なんでしょうね。ところが犯人のデルフィーンはギリギリで脱出し、フランスに戻りました。あの時見つかっていればリンチに遭っていたでしょうが、彼女は普通に長生きし、裁かれることなく亡くなりました。

ちなみにその家は今も残っていて、一時ニコラス・ケイジが買っていましたが、結局誰も住みませんでした。そりゃあ、何十人もの人がバラバラにされて亡くなった、悪魔の生体実験の場所ですからね。そんなわけでその家はニューオーリンズでは困った不動産になっています。

この出来事とほとんど同時期の1840年ごろ。J・マリオン・シムズ という産婦人科医が黒人女性奴隷の膣や子宮を切り刻み、いろんな生体実験をしていました。なかには17歳の少女も実験の対象になっています。彼はそうした実験によって一つの手術方法を発明し、一時は偉人としてセントラルパークに銅像まで造られたのです。ところが2019年に悪魔の生体実験が明らかとなり、銅像は撤去されました。

それから約100年後も同じようなことが起きました。1930年代から1970年代にかけて行われたタスキギー実験です。これは米国公共衛生局が行った梅毒の研究で、梅毒にかかった黒人約400人を治療せず放置し、体が腐敗したり脳が破壊されたりするのに任せていた。つまり、梅毒が体を破壊していくデータを取ろうとしたのです。1940年代にペニシリンによって梅毒が治ると分かった後も1972年まで、梅毒による無意味な人体破壊実験を行い続けました。そんなひどいことを白人たちは黒人に対してさんざん行っていたわけで、だからこそラヴクラフトも黒人の生体実験を小説にちょこっと書いたのでしょうね。

護送車で黒人が命を落とした悲劇は警察による故意

レティーシャは意地になって家から出ていこうとしません。そしてなぜか警察に逮捕されてしまいますが、これも実際の出来事に基づいています。シセロで黒人に対する白人の暴動やリンチが起きた時、なんと警察は白人たちを一切捕まえず、アパートに入居した黒人と大家を「暴動を起こすようなことをした罪」で逮捕したのです。何だそれは?と思いますよね。

そして逮捕されたレティーシャは警察に「お前はアーバンリーグだろ?」と言われます。アーバンリーグとは全米都市連盟のこと。南部で奴隷が解放された後、北部で産業革命が起きていろんな工場が建てられました。そして工場労働者が必要になったため黒人たちが南部から北部へ向かい、シカゴやデトロイトやセントルイスといった大都市に住むようになりました。それまで黒人は南部の奴隷農場で働いていたので、彼らが都会で暮らすことは差別などいろいろな問題があった。そんな黒人たちを支援する団体がアーバンリーグです。これは政治的な団体ではなく、黒人同士の互助会。今まで黒人が住んでおらず地盤がない所に、新しいコミュニティを築くために助け合う組織です。またNAACPという言葉も出てきますが、ご存じの方も多いでしょうが全米黒人地位向上協会のこと。1910年代からずっと活動を行っている反差別団体で、こちらは政治的な団体です。キング牧師もNAACPと一緒に公民権運動を戦いました。

そしてレティーシャは警察の護送車に乗せられます。手錠を掛けられた彼女は安全ベルトも何もない状態で乗せられるのですが、警察が急ハンドルや急ブレーキを掛けるんです。すると後部座席でベルトをしていないレティーシャが振り回され、車の壁に顔や首を叩きつけられケガをしてしまいます。これも事実どおりで、昔から白人警察官が黒人を逮捕した時に同じことを行っていました。黒人に手錠を掛けて安全ベルトをしない状態で車を振り回すことによって、首の骨を折って殺していたのです。こうした行為はスラングで「ジョイ・ライド」と呼ばれています。全然ジョイ=楽しくないのですが、警察にとっては楽しいんでしょうね。

ジョイ・ライドで大きな事件になったのが2015年のこと。ボルティモアの黒人青年フレディ・グレイがナイフを持っていた容疑で逮捕され、護送車の中で振り回されるうちに首の骨を折って死亡しました。これは明らかに殺人で、街中の人々が怒って大騒ぎになり、さすがに処分が下りました。しかし、このように処分された例は少ないと思います。こうしたひどい出来事がドラマの中で次々と起こり、見ていて「何だこれは? こんなバカげたことがあるのか?」と思う人がいるかもしれません。しかし、どれも実際の事件なんです。ひどい話ですね。

あるキャラクターの名前がアメリカで批判を読んでいる

ドラマでは人体実験をしている犯人の名前がエプスタインとなっていますが、これは原作とは異なります。エプスタインといえば、未成年の女の子たちを集めて少女売春組織を作っていた大富豪がアメリカにいましたね。では、なぜエプスタインという名前がドラマで使われているのか? それは彼自身も、人間牧場のような生体実験を行っていたからです。

エプスタインは優秀な遺伝子──彼自身のことですが、何人もの女性を妊娠させてクローンのように自分の子供をたくさん作って、エリートによる世界支配を考えていました。一種のマッド・サイエンティストでしょうか。エプスタインは大金持ちで自家用の潜水艦を持っていた人で、それで自ら買い取った島へ行き、謎の儀式をしていたのです。本人が自殺したため儀式の正体は今もよくつかめていませんが、一種のカルト教団のようなものを作ろうとしていたので、『ラヴクラフトカントリー』にとても近い話ですよね。ブレイスホワイトという黒魔術のような実験をしている一族が出てきますが、それと非常によく似たことをしていたのがエプスタインです。

ただ、ここはアメリカでも少し問題になっています。エプスタインとはドイツ系の名前ですが、実はユダヤ系であることが多いのです。例えば、ビートルズのマネージャーもエプスタインでしたね。先ほどの事件を起こして自殺したエプスタインもユダヤ系。ユダヤ系の人をこうした人体実験を行う悪人として使うのは、非常に危険なことではないか?という批判もあります。中世から「ユダヤ人は子供をさらって生贄にしている」という噂があり、そのデマに扇動された人たちがユダヤ人を虐殺するという事件が何度も起こっているからです。ブラッド・リベル(血の中傷)という言葉で表されていますが、キリスト教ではない邪教のユダヤ教だから、悪魔を崇拝し子どもを生贄にしていると噂が流れるわけです。

ラヴクラフトは「レッド・フックの恐怖」という小説でそうした行為を黒人が行っていると書いていますが、差別がある場合は「子供をさらって殺している」というデマが常にあります。井戸に毒を入れている、子供を生贄にしている、といった噂は必ず出てきます。最近だと、Qアノンというアメリカの陰謀論者たちが「リベラルが子供をさらって生贄にしている。それと戦うのはトランプだ」という妄想でトランプを支持するという、非常に変な事態になっています。1000年前からあるデマの一種で、こうしたことと結びつく可能性があるから危険だというのがドラマへの批判なのです。作り手側はあくまで「この人体実験は、実際に黒人に対して行われた史実を基にしたもの」というスタンスで、ただエプスタイン事件があったから名前を付けたのだと思います。第3話も一見ひどすぎてフィクションのようで、実は本当の話の方がひどい、実話の方がたくさんの人が殺されている、ということになっているのです。

また毎回、音楽が当時のヒット曲を使ってゴキゲンなのですが、今回はピアノを弾く太った黒人ロックンローラー、ファッツ・ドミノによる1955年のヒット曲「Ain't That a Shame」。私はこの曲にとても思い入れがあります。ジョン・レノンが自身の好きなロックン・ロールをカバーした「ロックン・ロール」というアルバムを出していて、これは私がビートルズを好きになった後に初めて買ったメンバーのアルバムです。その中の1曲が「Ain't That a Shame」。その頃から1950年代のロックン・ロールが大好きで、もちろんジョン・レノンが好きだったからでもありますが。あとはクライマックスで、人体実験の犠牲になった黒人の霊がエプスタインに襲い掛かるシーンで流れるゴスペル。これは「サタンよ、お前の王国は必ず滅びる」という非常に有名な黒人霊歌で、そのままの歌詞ですね。この曲もレッド・ツェッペリンのロバート・プラントによるカバーである程度広く知れ渡っているので「あれ、聴いたことある」と思った人も多いでしょう。黒人霊歌ではありますがアフリカン・ビートな感じと言いましょうか、黒人霊歌なのにブードゥーぽさがある曲で、このシーンにとてもピッタリだったと思います。

あと、アティカスとレティーシャがエッチをして、彼女がヴァージンだったことが分かりビックリするシーンがあります。彼女はセクシーだからヴァージンには見えないのですが、前回や前々回での「非常に真面目なキリスト教徒で、聖書の言葉もそらんじるような女性」という描写が伏線になっていたわけです。見た目はセクシーだけど心は純粋で真面目な女の子だったということで、今後のアティカスとの関係がどうなっていくか期待させられます。次回も楽しみですね。ではまた!

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